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邦楽の友社主催公演
二代目 竹枝せん リサイタル 平岡吟舟の小唄と東明
平成15年1月26日(日)午後3時開演 紀尾井小ホール 入場料:5000円
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すべてリハーサルにて撮影 |
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第一部 平岡吟舟の小唄 ↑
「春霞」
(唄) 竹枝 せん 竹枝 若 竹枝寿香 竹枝とく 竹枝伎美 竹枝ちよ香 竹枝千東
竹枝みち 竹枝静登志 竹枝千雪 竹枝はる歌 竹枝あき 竹枝緑喜京
(糸) 竹枝 せん男 竹枝八重 竹枝紋寿 竹枝千和 竹枝佑紀 竹枝緑麻喜
(上調子) 竹枝せん喜美
(笛) 福原徹彦
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古木が新しい花をつける日
二代目竹枝せんリサイタルにあたって
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(株)邦楽の友社 社長 守谷幸則
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芸は一代限りのものという言葉がある。
そうだろうか?
この言い方は芸そのものを否定していないか?
そういう言い方をするならば、芸統も流派も絶えてしまわないか?
故人を高く評価したい気持ちはよくわかるが、芸の本質とは少し外れているような気がする。
個人の芸力、素質、才能は確かに遺伝しないかもしれない。
しかし芸質と芸態は芸統と流派の中で歴然と存続する。この場合の芸質とは芸のレベルであり芸態は個性、芸の形を意味している。
一人の天才が誕生するにあたって、その天才が辿ってきた道を検証していけば、おのずから現れてくるものがある。
それは水の一滴がせせらぎを産み小川から大河になり大海に注ぐ過程に、どれだけの雨量がなければならないのかということであり、またその天才の才能を開花させる上に、どれほどの芸流、芸量が必要であったのかということである。
そのためには我々は過去を遡り、古人の芸力の基を訪ねようとしている。
古きを知らなければ今の我々が何処にいるのか、どの方向に進もうとしているのか分からなくなる。
あえて今日、二代目竹枝せんさんに「平岡吟舟の小唄と東明」リサイタルをお願いした所以である。
戦後の小唄の隆盛期の一翼を担い名人妙手といわれた一人であった初代の名跡を襲名した二代目にとって、この日は自らの芸力を高める一日になることだろう。また竹枝会にとっては初代より継承してきた芸質と芸態をつまびらかにする新たな一歩を踏み出す日となる。
言い換えれば古木が新しい花をつける日なのだ。
皆さんと一緒に、二代目の「小唄と東明」を楽しんで聴かせていただきます。
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第一部 平岡吟舟の小唄 ↑
「あけぼの」
(唄) 竹枝 せん
(糸) 竹枝 せん男 田家松小峰 |
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第二部 四季の小唄組曲 編曲・構成 鈴木庸生 ↑↓
(唄) 竹枝 せん 竹枝 若
(糸) 竹枝 せん男 竹枝せん喜美 田家松小峰 |
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